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ダイエットについて

邪魔をする「もう一人の自分」

「もう一人の自分」は健康の番人

見張り 人の持つ基本的な能力は生きる力、即ち生存本能です。 「もう一人の自分」はこの「生存本能の塊」と言っても良いくらい、生き残る為の方法をいろいろと考えています。というよりも生きる事以外は考えていません。
まさに、なんにも命令しなくても勝手に働く「健康の番人」というべきでしょう。

(どうして番人がいるくせに病気になったり不健康な行動をしてしまうのか、という疑問を持たれる方もいますが、それは過酷な環境であったり、体内システムのエラーであったり、「もう一人の自分」の勘違いであったりするのですが、それを論じ始めたらキリがありませんので、ここでは省略することにします)

さて、ダイエットの話に戻ります。
ダイエットをしたいという人の究極の望みは「できるだけ短時間に、何の苦労もせずに減量すること」でしょう。 ですから、世の中に「一週間で3キロダイエット」とか「1ヶ月に10キロ痩せるダイエット」等の誘惑的な文言を掲げるダイエット法が山のようにあり、それに多くの人が目を引かれる事にもなります。
しかし「もう一人の自分=健康の番人」がそんなことを許すと思いますか?
「健康の番人」が、そんな不健康な行動を続けさせてくれるでしょうか?
もちろん、そんな不健康なダイエットを見逃すはずはありません。

だから健康の番人に気づかせない事
番人 一週間で3キロ減量しようと思えば、食べる量を3分の1にすれば簡単に達成できます。 これがゴールであれば成功と言えるでしょう。
ところが、この方法は間違いなくリバウンドします。
リバウンドをするような方法が効果的と言えるでしょうか。 ダイエットで失敗する典型的なパターンが、実はこれなのです。
食べないで減量するということは、(当たり前といえば当たり前の話ですが)体が必要としているエネルギーを取らずに体の中に貯めていたエネルギーを使うのですから、質量が軽くなるのは当然です。

しかし健康の番人である「もう一人の自分」はこれを許してはくれません。 エネルギーが失われるのを黙って見過ごすことは生存を脅かすことにつながりますので、あの手この手で復元しようとします。

例えば、摂取する食料からのエネルギー吸収率を高めるとか、空腹中枢を刺激して食欲を増進させるとか、とにかく、何が何でも失われたエネルギーを取り返そうと頑張ります。
この強力な復元力に打ち勝つには、相当に強靭な意志の力が必要になりますが、そんなに強靭な意志の力を自分が持っているのなら、はじめからダイエットが必要な体になんてなっていませんよね。

これではリバウンドするのも当然です。
短期ダイエットだけでは有りません。
食べる食品を限定したり、脂肪燃焼サプリメントを過剰に摂取するような、不健康ダイエットは間違いなく失敗します。 なぜなら、「健康の番人」が常に見張っているわけですから。
では、どうしたら効果的なダイエットが出来るのでしょう。
それは、健康の番人をダマす、つまり、そのチェックを上手くすり抜ける対策を取る事なのです。

「もう一人の自分」は変化が嫌いな保守派

まっすぐ画像 あなたは日常生活の中で、自分の生活に変化を与えたいと思っても、つい面倒臭くてそのままにしてしまったという経験をお持ちではありませんか。
例えば、
「この保険は別なタイプに変えた方がきっと得をする」とは思いながらも、つい面倒になって、そのまま放置してしまったとか。
或いは、
「ひょっとして、この道は間違っているのでは」というような気がしつつも、ついついそのまま歩き続けてしまい、結局は大変な時間をロスしてしまったというような事はありませんでしたか。

実は「「もう一人の自分」は変化が嫌いな頑固者、「常に今の状態を保ちたがる」という性格をもっているのです。

とにかく現在の状態を変えたく無い、という強い保守性は、なにかを始めようとして一日二日は何とか続いても三日目には止めてしまうという、世に言う「三日坊主」の原因でもあります。

せっかくダイエットを始めようとしてるのに、その変化を嫌がるような、こんな頑固者に邪魔されたくは有りませんよね。

でも有り難いことに「もう一人の自分」は、長期的な変化には鈍感です。
先を見越して、「この程度のエネルギー消耗は想定範囲内だ」とか、「将来のためにエネルギーを蓄積しておこう」などと計画的に考える事は出来ないのです。

とにかく短期的な変化には敏感に反応します。また、そうでなくては過酷な生存競争を生き抜いては来られなかった、という長いDNAの歴史がそうさせているのでしょう。
まさに、「長期戦は顕在意識や理性でゆっくり考えてちょうだい。わたしは今現在に集中するからね。」という感じなのですが、これが付け入る隙間でもあるのです。

「もう一人の自分」は欲求、欲望の塊(かたまり)

欲望の街 人間には色々な欲求や欲望があります。
(欲求と欲望は本来区別して論じるものらしいのですが、漠然と◯◯欲と呼ばれている物を指すことにします)

食欲、物欲、名誉欲、性欲、睡眠欲等いろんな欲が有りますが、どの欲についても、本来は人間が生きていく為には無くてはならないものでもあります。
でも、放っておくと際限なく膨らんで、しかもいつまでも充足感が得られないという厄介な性質を持っていますね。 そのせいで、日常生活においては、いろんな欲に対して理性がブレーキをかけながら、やっとバランスを保っているというのが実情だと思います。

欲の種類や強弱については、人それぞれに違いはあります。 例えば、悟りを開いた聖人などは欲望を感じなくなるそうですが、我々凡人にとっては、ましてや、理性の届かない所にいる「もう一人の自分」においては、欲望で一杯になることは当然かもしれません。
でも、人間にはそういう欲があるからこそ、ここまで文明が進歩したとも言えるわけです。
こういう欲望や欲求は理性側からはいつも悪者呼ばわりされいますが、上手にコントロールしてやり、逆にプラス側に作用させることさえ出来れば、一概に悪者扱いばかりする必要はありません。

例えば食欲について言えば、徹底的に押さえつけようとすれば却って欲求が増すだけですので、適度に満腹中枢を刺激してやるようにコントロールしてやれば案外静かにしているものだし、名誉欲や金銭欲などは意図的にダイエットに結びつけて向上心を煽るやるような工夫が取れないわけでも有りません。
優秀な教師が自己顕示欲を刺激して生徒のやる気を起こし成績アップを図るように、拭い去ろうとしてもどうしても拭えない人間の欲というものを利用してダイエットを成功させた方が賢いとおもいませんか。




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